有限に思えて先が見える人生は早死にの予感がする

泣きながら下校する画像 生活

 月に一度くらい、朝が来るまで眠れない日がある。

 窓を覆うカーテンが明るくなり、新聞配達のバイクの音が聞こえ、ああ、ちゃんと朝が来たなと確認しないと寝られない日。

 なぜ月に一度くらいかというと、大体その頻度で、「本当に明日は来るんだろうか」という疑問に取りつかれるからだ。

 布団に入り、とりあえず目を閉じた瞬間に、「あれ? このまま明日が来なかったらやばいな」と思う。

 よく考えれば、そんなわけないのだけど、

 「どんな人間にも明日が来る保証はないんだぜ」とまるで死神が言いそうな言葉がつい思い浮かぶ。

 「来る」「来ない」の花占いが始まり、それに合わせて左右に寝返りを打つのを繰り返す。

 そして「じゃあ、朝が来るのを確認してから寝ようじゃないか」となる。

 こういった自分の身に何か起きるんじゃないかという不安は幼い時から感じていた。

 いつしか自分は早死にするだろうと思うようになり、

 おそらく切りが良いという理由で、20歳までに死ぬだろうと勝手に決まっていた。

 それを運命というほどのものだとは思っていたわけではなく、どちらかといえば統計的な結末だと納得していた。

 それが今やとっくに20歳を過ぎ、まだ全然生きている。

 それを悲しいことだと思う人もあれど、僕はラッキーなことだと思う。

 なぜなら僕が人生を早めて考えた目的は、有限で短い人生という悲劇の演出ではなく、5分前行動のような単なる予防のためだから。

 例えば、電車に乗って目的の駅に着いたときに、まだまだ改札は先なのに、ポケットにある切符を探り、すぐに取り出せるように握り続けてしまうことや、

 帰宅中にまだまだ家は先なのに、ずっとポケットのカギをサワサワしてしまうようなことだ。

 なぜ”早まった”という言葉がよく悪い意味で使われてしまうのかは、その切符やカギがビショビショになってしまうことから分かる。

 つまり、僕は人生をも早まって考えてビショビショにしてしまったわけだけども、それでもまだ生きているだけラッキーだなあと思うわけだ。

 しかし、冒頭のように、20歳を過ぎたからと言って、早死にするという考えは完全には消えなかった。

 明日か明後日かもしれない、と月に一度くらい思う。

 月に一度といえば、地震にも同じことが言える。

 僕は地震が怖い。

 震度3くらいでも、「オーマイゴッド!」という感じだし、「とうとうこの日が来たか」と諦めることもある。

 そして、次第に揺れが収まったとしても、「この地震が予兆だとすると、3日後くらいに大地震がくるかもしれない」という考えに取りつかれる。

 仮に月に一度の眠れない日に、月に一度の地震が重なりでもしたら、心臓が早めに止まって死んでしまうだろう。

 とにかくそういう物事を早まって考えてしまう癖がある。

 皆さんは“視聴覚室係”という係を知っているだろうか。

 この視聴覚室係という係にまつわる出来事によって僕の物事を過剰に早めて考えてしまう癖が始まった。

 この癖について説明するには、この出来事について話す必要がある。

 小中学校というのは、年度や学期の始まりに係決めをして、役割分担をすると思うけど、

 僕はそれで視聴覚室係というものに任命された。

 当時、視聴覚室は最もハイテクで鍵や冷房付きの特別教室、並んでいるのは机というよりデスクであり、椅子というよりチェアだった。

 吊るされたプロジェクターに、巨大なスクリーン、なんだか高そうな機械が意味ありげに点滅したりする。

 防音っぽい壁に、質の良さそうなカーペット。

 スパイの作戦本部みたいなかっこいい部屋だった。

 当然そこにやってきたクラスは、入り乱れ、叫び狂う。

 そんな視聴覚室で視聴覚係に任される仕事は、どんなものだと思うだろうか。

 それはその機械の操作ではなく、プリントを配ったりするのでもなく、

 はしゃぐクラスメイトを一人残らず静かにさせること。

 教師が到着するまで時間、なんかしらのコードを教師が取りに戻った時間、機材トラブルの時間、あらゆる隙を見つけては騒ぎ出す同級生をコントロールするのがなぜか視聴覚室係の役目なのである。

 それは一言もしゃべらないで家に帰ってくることもあったほど内気だった僕にはおよそ不可能な役目だった。

 羊が羊飼いをするのと一緒。コントロールできるわけがなかった。

 唯一できることは、心の中で(頼む! 静かになってくれ!)と念じることのみで、それは勿論効果がなかった。

 ある日、教師不在の視聴覚室はいつものようにお祭り騒ぎだった。

 それはチャイムが鳴っても収まらない。

 かいた冷や汗の嫌な感じはまだ覚えている。

 そしてドアが壊れるほどの勢いで開き、教師が怒鳴り込んでくる。

 「視聴覚室係は誰だ!」

 ちょっと芝居がかっていたけど、その分迫力があった。

 途端に静まり返る教室、おそるおそる手を挙げる自分、突き刺さる視線。

 僕は前に立たされ(その教師は前に立たせるのが好きだった)、いかに隣の教室に迷惑をかけているか、貴重な時間を無駄にしているか、最低の人間かのように罵られた。

 その時、「僕たちが悪いんです。視聴覚係は悪くありません」と名乗り出る生徒

 がいれば良かったけど、ああ、いなかった。

 そして放課後に呼び出され、次回は静かにさせるという無理難題の約束を文章で書かされ、僕は泣いて帰った。

 その時、教室の外で待っててくれて「一緒に帰ろう」と言ってくれるやつ

 がいれば良かったけど、そう、いれば良かった。

 僕は次回の授業までにどうすれば同級生を静かにさせられるかを考えなければならなかった。

 そしてこの瞬間、僕が物事を過剰に早めて考える方法を思いつく。

 そもそも行かなければいい。

 月に何度かある視聴覚室で授業のある日は休むことにした。

 転ばぬ先の杖、ではなく、転びたくないのなら歩かない。そんな発想。

 そんな出来事があって以来、僕は、何度もそんな解決策を使うようになる。

  借りを作らず、お金を貸さず、ペットは死ぬのが悲しいから飼わず、

 吉野家や松屋、すき家は買い方が分からないから入らず、バスも地域によって前から乗るのか後ろから乗るのか、運賃を払うタイミング、電子マネー、よく分からないから乗らず。

 行動しないことも5分前行動の一種だと言える。

 この癖は人生観にも及ぶ。

 無意識に問題を前もって避けなければと考える。

 問題を事前に避けるには、かつて視聴覚室係の少年が授業予定表を眺めたように、先を見なければいけない。

 先を見れば、有限であること、つまり終わりに気が付く。

 そして常に終わりが目に見えれば、それが早死にする予感を生み出す。

 つまり自分が早死にする予感というのは、一風変わった防衛本能の副産物みたいなものだといえる。

 そう思うとちょっとポジティブになる。

 確かに世の中には大勢の仲間と好きなだけBBQをして布団に入れば数秒で寝られるような人間がいて、それに比べると自分は暗い生き物のように感じるけど、

 それが自己防衛のための早まった考えで、予感や悲しみは単なるピタゴラ装置の部品だと知れば、

 言い知れない悲しみには説明がついて、自分の手を動かす勇気すら生まれる。

 だから、もし同じように早死にの予感がする人がいるのならば、悲しまないでほしいと僕は思う。

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