大人になるとアニメがつまらなくなる現象

大人になるとアニメがつまらなくなる現象 アニメ
大人になるとアニメがつまらなくなる現象

 大人になった途端に、毎週の楽しみのはずのアニメが次第につまらなく感じるようになる。これは大人になるとアニメがつまらなくなる現象によるものだ。この現象に巻き込まれると、アニメを視聴中にスマホをいじりだしたり、うたた寝したり、見逃したシーンを何度も巻き戻したりする。この症状がある人はこの大人になるとアニメがつまらなくなる現象に巻き込まれている可能性が高い。

 つまらなくなる理由には諸説あり、はっきりとした原因はない。また、もう随分とおっさんだけどつまらなくならない、という人もいる。しかしながら、ネット上ではしきりに取り沙汰されるこの現象は人々から娯楽を奪い、無気力にしてしまう。うつ病が病気ならば、この現象もまた病気と言ってもいいかもしれない。

 今回はその原因について考察したい。僕はアニメを見て考察するのが大好きな考察厨なのである。

アニメそのものがつまらなくなった

 これは、現象に取り込まれた人間がよく口にしがちな言葉である。昔のアニメと比べて現代のアニメが陳腐でありために、つまらなく感じるようになったのだという説だ。
 
 確かに過去の作品は作り手の熱意にあふれ、名作と呼ばれる作品が数多くある。比べて現代の作品は、露骨なカタルシスを狙ったなろう系や、初っ端から現実でのライブイベントやゲーム化を視野に入れているビジネスライクな量産作品、本来は裏方である声優がアイドル化し、作品そのものがただの装置になっている作品、など作品そのものの質にこだわりのない作品が増えているような印象がある。

 しかし、昔もつまらない作品があり、それが淘汰されたために名作ばかりという風に思うだけだという真っ当な意見もある。他にも、平凡な高校生が急に活躍するのは昔からの話だし、声優のアイドル化は80年代後半から始まっていたという識者もいる。それにネットの進化と普及に合わせてアニメの形態が変わるのは当然である。言ってしまえば、需要のあるところに供給があるわけで、僕ら視聴者の要望に合わせた作品が生まれているに過ぎない。

 つまり、アニメそのものがつまらなくなった、のではなく、楽しみ方が変わったということだろう。アニメはコミュニケーションツールとしての役割が大きくなり、1人ではなく、みんなで楽しむものになった。楽しみ方が増えた。これをアニメはつまらなくなった、という一言で表すのは語弊があるだろう。

経験や知識の増加

 アニメを見ていて「こうすればいいのに」ともどかしい気持ちになることはないだろうか。「なんでさっきそれを言わなかったんだ」とか「なんで自分1人で解決しようとするんだ」など、明らかな正解に主人公たちが気づかないのにもやもやする現象である。

 このもやもやを時間をかけて解決するのがストーリー作品の醍醐味だけど、あまりに陳腐な仕掛けだと観る気がなくなってしまう。特に製作者が意図的に盛り上げようとして介入し過ぎて不自然な流れになったときなんかは最悪だ。純粋に視聴を楽しみたい側としては、作品に不必要な製作者の主義主張を感じたときほど冷める瞬間はない。

 しかし、これは視聴者の経験や知識が豊富なために生じる不和である。「警察を呼べばいい」とか「ちゃんと説明すればいい」など、大人ゆえの方法論で観ると、作品の粗にどうしても気づいてしまう。これはどうしようもない。せめて甥っ子見るような優しい目で見守るほかない。
 
 どうしても気になる場合はストーリー性のない日常物に挑戦してみるといいかもしれない。

共感できなくなる

 大人になるということは、おっさんになるということだけど、そうなると若者の感覚というものが次第に消えていく。日本のアニメ主人公の半分は学生であり、深夜アニメにいたってはほとんどが”どこにでもいる普通の高校生”が主人公である。そのため、若者の感覚というのはアニメを視聴するする上でかなり重要だ。

 視聴者は自然と主人公に共感しつつアニメを視聴するわけだけど、例えば、主人公が高2だとする(高2という設定は先輩、後輩、同級生とキャラの幅が広がるし、学校にも慣れ、かといって受験は先という立場で都合がよく、主人公の設定によく使われる)。そして美人の先輩に屋上に呼び出され、人違いで振られたりする。

 そういった先輩の存在は主人公にとってはまさに憧れであるけど、視聴者はふと気づく。「ん? 俺よりはすごい年下だな」そう思ってしまうと、画面では自分より年下のやつが自分より年下のヒロインとイチャイチャしているようにしか見えなかったりする。

 これは極端な話で、実際はそこまで冷静になることはない。しかし、年齢に関係なく共感できる主人公の喜びや苦しみなどの要素が表現できていない作品だと、つい考えてしまう。一般人がアニメを子供の観るものだと言うのは、この年齢に関係する共感をばかりを重視していて、年齢に関係ない共感を軽視しているからだ。年齢に関係ない共感を重視するようになれば、年をとってもアニメを楽しむことができるだろう。

体力の衰え

 単純に見る元気がない、という理由である。画面を見るというのはとても楽な作業のようで、そうでもない。若いときは、1クール、2クールを一気に見たような人でも、年を取れば、そんな芸当はできなくなる。キャラクターのバラエティに富んだ髪色は目に染みるし、高い声に耳がキンキンする。深夜帯まで起きるのがつらくなり、録画してもボタンを押して再生するという作業がまず面倒くさい。

 体力が落ちたからと言って、アニメを見るために運動して体力をつけるのもなんかおかしい。アニメを見るためにジムに通っている人なんか絶対にいないだろう。

 これこそ本当にどうしようもない。どうにかしようとすればすると、アニメを観るのにノルマだの義務感が生まれ、「なんでアニメ観るために努力してんだ」という矛盾が生じる。多くの人がこの矛盾に打ちのめされ引退に追いやられたことだろうか。

最後に

 アニメなんて子供の観るものでしょ、という人がいるけど、そんなことはない。アニメには世間にはない理想や童心にあるような純粋さが詰まっている。社会で精神を擦り減らしている大人こそ観るべきものだ。

 たしかに人前で、萌えアニメは観づらいし、お茶の間でアニメCMが流れても、「俺は全然興味ないけどね」という雰囲気を醸し出し、アニメ何好き?と聞かれたら、「まあ、ジブリとか好き」と一旦様子を見る。秒速5センチメートルが好きなのに新海誠監督が好きと言うとにわかに思われるので、「ああ、絵がきれいな人でしょ」と知らないふりをする。

 それでも大人がアニメを好きでいいじゃないか。人間だもの。

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