人間、見た目や顔が重要なのを割れせんべいが証明している

人間の見た目と南部せんべい 人間関係

 最近はよく割れせんべいを食べる。特にテレビを観るときなんかに。

 割れせんべいとは、いわゆる「ワケありせんべい」である。

 製造過程で商品にひびが入ったり、割れたりして傷がついてしまい、本来の形では売れないものを「見た目は悪いけど味は同じだよね」という風にまとめて安くしたもののことだ。

 僕は視線をテレビに、ひたすら手探りでバカでかい袋からせんべいを取り出しては食べる。

 たしかにこうやって食べる分には見た目なんかはまるで気にならない。

 それに味も量も変わらないし、高貴な人が家にやってこない限り、何の問題もない。

 このワケありせんべいからは、何事も見た目なんて重要じゃない、味や量、つまり中身が大事なんだというような意味合いを学べなくもない。

 人間、見た目が全て、という人にぜひ食べてほしい商品だ。

 まあ、人間とせんべいは全く違うけども。

   しかし、僕はふと気が付いた。実際はそうじゃない。むしろ真逆だ。実は見た目こそ大切であることを割れせんべいが証明している。

 なぜなら、袋にでかでかとお得の文字が印刷されているからだ。

 お得になっている、つまりは、割れることによって値段が下がっている。

 値段が下がっているということを逆に言えば、下がった分の値段は見た目の価値であったということになる。

 例えば100円下がったのなら、その見た目に100円の価値があったということになる。

 結局のところ、割れせんべいは、見た目に価値はないというコンセプトでありながら、実は見た目にこそ価値があることを皮肉にも象徴してしまっているのだ。

 では、見た目というのはどれほど大切なのか。

 ここに例を出して計算してみる。

 比較するのは、自社せんべい工場を持ち、新鮮な南部せんべいを日本各地に届けているA社の商品。

 A社では様々な種類の南部せんべいを製造、販売している。今回はA社がホームページで通信販売している値段を参考にする。

 A.南部せんべい 胡麻・豆ミックス 10枚 270円(税込み送料別)

 B.南部せんべい ミックス 割れ 24枚 378円(税込み送料別) 

 BをAに合わせて、同じ10枚入りの値段にすると、378円(24枚)→ 158円(10枚)。

 10枚入りの南部せんべいを270円で売る場合においては、割れていないという見た目に112円(270-158)の価値があるということになる。

 これはつまり、10枚入り南部せんべいの値段の41%が割れていない見た目の値段ということになる。

 人は見た目が9割と言われているけど、せんべいはどうやら見た目が4割らしい。

 これはA社の基準ではあるけれど、どこの会社も企業努力を怠らないかぎりは同じ感じであるはずだ。

 せんべいですら、見た目が4割なのだから、人間はもっと見た目の割合が高いだろう。

 なぜなら、せんべいのCMだって結局せんべいよりもそれを食べる女優の顔が画面のほとんどを占めているからだ。

 見た目4割のせんべいを画面端に追いやる人間の顔。いったい見た目何割なのか、想像もつかない。

 僕はどちらかと言うと、人間は中身の方が重要だ派である。やはり、世の中そうであってほしいし、そうであるべきだと考えている。

 しかし、もし人間は中身が重要だというのなら、芸能事務所が売り出したいだけの俳優やアイドルがイチャイチャするだけの中身のないドラマや映画はこの世に存在しないし、ゲームや洋画の吹き替えにがっがりするファンもいない。

 こういった作品は見た目重視でありながらワケありであるという二重苦におちいっている。

 どの業界も南部せんべいを見習って、見た目重視とワケありの2通りを売り出せばいいんじゃないだろうか。

 ドラマや映画だったら、まず作品があってそこにふさわしい配役をしたバージョンと、まず売り出したい俳優とアイドルがあってそこに合わせて作品を用意するバージョン。

 吹き替えもプロの声優がやるバージョンと旬の俳優やアイドルがやるバージョンを用意する。

 使い分けが重要だ。

 僕は人間中身の方が重要だ派でありながらも、一応歯も磨くし(せんべいの汚れを落とすため)、穴が開いたパンツは捨てる。

 何割にしても、結局人が人を見た目で判断することは避けられない。いざというときに話くらいは聞いてもらえるくらいでありたいと思う。

 見た目が4割ならば、4割の努力をする。どちらかが100%だなんていう思い込みをしないほうがいい気がする。

 割れせんべいだって一大ブームになった。見た目や中身への理解が進めば、どんな可能性だって諦めずに済むかもしれないのだ。

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