新元号「令和」を迎えたニート

新元号「令和」を迎えたニート 日記
新元号「令和」を迎えたニート

 2019年4月01日、11時41分、新元号「令和」が発表された。僕は自室のテレビ(日テレ)でその瞬間をぼんやり眺めていた。本当は11時30分に発表が予定されていたけど、その時刻を迎えてもテレビは、首相官邸会見室の開かない扉を映していた。その予定時刻通りにいかない感じが、なんとも一大事であるという印象を受けた。そういう焦らす演出なんじゃないかと疑うほど、いつになっても扉は開かなかった。その扉の奥でエリート官僚たちが大慌てで駆け回っているのを想像すると、ニートとしては笑える。

 ようやく現れた菅官房長官は緊張していた。動きはカクカクだったし、机に置くはずみで「~和」という文字がちらりと見えてしまった。いわゆるネタバレだ。ネタバレはニートの敵なので、これは許しがたい。でも、緊張しているならしょうがない。ほんの一瞬親近感が湧いた。

 そして掲げる瞬間。持ち上げるときはぬったりしてして、さっきまでのカクカクは何だったんだという。忙しくてクイズ番組とか見たことないんだろうな。

「令和」という元号の印象だが、第一印象は「ん?」という感じだ。日本全国が「ん?」となったことだろう。まず、なんかカクカクしていて温かみがない。数字のように無機質で冷たい印象だ。「令」というのがあんまり何が言いたいのかよく分からないし、「和」というのが昭和の和、平成の平→平和→和に引っ張られる感がすごい。

 「令和」の典拠は万葉集と官房長官は述べた。さっそくgoogleで検索をかけると「
川岸 令和 」という憲法学者の先生がトップに表示された。おそらく本人にマスコミの電話が殺到していることだろう。憲法学者というのが、なんとも絶妙だと思う。僕が担当者だったら該当する人の名前があったら一応除外するし、それが憲法学者だったらなおさら避ける。

 ひと段落ついたので、冷蔵庫を漁りに行くと、母と鉢合わせた。

「見た? 新元号」と聞かれたので、「うん」と言った。

「万葉集からだって」と言うので、「うん」とまたもや言った。

 全国の僕と似たようなスタイルの引きこもりたちも同じような会話を交わしたんだろうなあと思いつつ、自室に戻った。世の中の人々は職場の人や家族とこの瞬間を迎えていたと思うとなんだか寂しい感じである。有識者と呼ばれる教授や作家は首相官邸でマイクに囲まれ、「素晴らしい」とか「美しい」と無難なコメントを述べた。一人でそれを眺める僕は、呼んでくれれば無識者として「カクカクしてんなと思いました」と言ってやるのにと思った。

 とりあえず、ニートらしくいちゃもんをつけてしまったけど、まあ、そのうち慣れるだろう。もう、令和、令和と書いているうちに慣れてきた。それに無理やり考えれば、近未来サイバーパンク的な元号だと考えられなくもない。現に記事を書いている間に川岸令和さんは更新された数々のページによって、いくつもの数字の向こうに押しやられてしまったし、お名前.comは殺到した人々によってサーバーが混雑し機能しなくなった。「令和」はとんでもないスーパーハイテク時代になるのだろう。平成生まれのニートとしては生きていけるかが心配だ。

 次回の元号発表者はぜひともクイズ番組のフリップの出し方を参考にしたら良いと思う。時代の象徴の発表としては厳粛さが足りないかもしれないけど、やっぱ、何事も勢いが大事、机にガツーンっとやってもいいだろう。あと 菅官房長官は腕を伸ばしていたけど、政治家としては額は自分の顔に近いところに構えたほうが再放送のときに目立っていいんじゃないだろうか。アナウンサーは1秒でも自分が長く映るためにインタビュー相手にぐいぐい体と顔を押し付けるらしい。次回の元号発表時は令和ニートとして、そのインタビューを全身で受けたい。

次回の日記  2019年4月9日 「出会いと別れの季節」 

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