「ニートに飽きる」というのは小さな間違い

生活

 ニート生活というのは、昨日が今日で、今日が明日。

 毎日、コピーアンドペーストを繰り返す日々だ。

 大体寝て起きても毎日同じ光景が広がる。

 「まさか…ループしているのか!?」と思わず疑ってしまうほど代わり映えのない日々だ。

 だから「もうなんか飽きたな」と思ってしまうのは分かる。

 膨大な時間があるのに、やることがない。そもそもやる気がない。

 もし話し相手がいたら、「ニートに飽きた」とグチグチ言っていたかもしれない。

 しかし、よく考えると、「ニートに飽きる」というのは、現状を表すのに正しい言葉ではない。

 ループ作品の主人公が2回目で「ん? 気のせいか」となり、4回目で「間違いない! ループしている!」と気付くように、僕は4年目にして「ニートに飽きる」ということが間違いなことに気が付いた。

ニートに飽きたんじゃなくて自分に飽きた

 そもそもニートというのは、やる気のないがゆえになるものだ。やる気満々でニートになる人はいないだろう。

 飽きるとは、単純に何かをやる気がなくなるという意味だから、「ニートに飽きる」というのは、やる気のない状態でいる気がなくなった、という意味になる。

 つまり、やる気になった、と言うことである。

 これは非常におかしなことだ。

 やる気がないからニートなわけで、「ニートに飽きた」と感じた時点でその人は、そもそもニートじゃないということになる。

 それに、飽きたからと言って、ニートをやめるわけではないし、もしやめてしまったら、それこそ本当にニートじゃない。

 だから、「ニートに飽きた」というのは間違いである。

 じゃあ何なのか?

 これは「自分に飽きた」のだ。

 こんなことはないだろうか? ある日突然、遠い将来どころか、明日の楽しみすらないことに気づいてしまう。

 何もかも無意味に思える。5分のアトラクションに乗るのに3時間の行列に並ぶのは無駄だ、というような考えから始まって、結局ゲームはデータだから無駄だとか、テレビは芸人が騒いでいてうるさいだけだとか、何もかも楽しくなくなる。

 これは実際に物事が無意味になったわけじゃない。無意味だと自分が思うようになっただけだ。

 これはある意味賢いし、悲しい。半ば正しいような気がするし、だから斜に構えるのをやめられない。だけど、自分が自分でつまらない。「自分に飽きる」のだ。

 でも、どうにかする必要もない。ここで「どうにかしなきゃ」と妙に張り切ると、それこそ悲しい結末を迎える。

 ただの事実だと受け入れる。「無感動な人間なんだ」とただ受け入れれば、なんてことはない。

 「人生に飽きた」「人生に疲れた」というのは、受け入れ方が間違っているのである。

 そういうときはどうにもならないことをどうにかしようと考え過ぎている。

 どうにもならないというのは裏を返せばどうにでもなるという意味になる。何をしたって結果が変わらないのなら何をしてもいいのだから。

 また、人は常に「人生をよりよいものにしよう」と考え、行動するけれども、どうにもならないと感じている人にとってそれはただの理想論だ。

 だからどうにもならないと感じている人々は、こちらからみて間違った人々の集まりである社会から離れて過ごそうとする。

 それはハンガーストライキみたいなもので、最終的に立ち行かなくなる。そんな時に、何も食べないとお腹がすくのは当然の話で、それを感情的にではなく、ただの事実として受け入れればいいんじゃないだろうか。

虫は指先に向かう

 何をしたって意味がないのなら何をしてもいい、ということが分かったら、僕らの一見どうしようもない生活も、より良いものにしてもいいし、より悪いものにしてもいい。

 「人生は良くしていかなければならない」という社会と比べて、むしろなんの制約もなく、幅の広い生活である。

 何をしてもいい、と人は言われると、上を目指したがる。子供は積み木があったら積み上げるし、木があれば登る。

 それは本能なのかもしれないけど、こんなにもどこで誰が何をしているかが分かる見通しのいい世の中においては、上に行けば行くほど疲れるに決まってる。

 「ニートに飽きる」というのは、その上に行こうとする本能の表れなのだ。指に留まった虫なんかは何も考えず指先に向かうけど、ニートの場合は、なにかしないと、何とかしないと、という焦りを生むだけだ。
 
 でも本能なのだから、指先に向かってもいいし、そのままニートを脱出してもいい。留まってもいいし、逆走してもいい。

 僕も半ば色々と諦めているけども、それでもいつかは楽しい瞬間があるかもしれないと思っている。もしかすると朝食にパンケーキを食べに友達と出かけることもあるかもしれないし、トライアスロンにでることもあるかもしれないと思っている。

 たしかに今の僕は何もしていない(最近はブログ書くけど)。でも何をしてもいいし、しなくてもいいのだから、ニートに飽きるということはないだろうと思う。

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