池袋暴走事故を起こしたのが自分だったら?

池袋暴走事故を起こしたのが自分だったら? 社会

 2019年 4月27日 今日から噂の10連休のゴールデンウィークが始まるらしい。僕は毎日がゴールデンウィーク、毎日がエブリデイなので、あまり関係ない。それでも多少の関心はある。

 僕の頭の中では、ゴールデンウィーク=帰省ラッシュで、帰省ラッシュ=高速道路が渋滞する絵、という風な連想が行われる。

 そして今年はそれに続いて、交通事故と連想してしまうのは僕だけではないのではないだろうか。

池袋暴走事故

 4月19日 東京の池袋で"87歳 男性"の運転する車が暴走し、親子2人が死亡、7人が重軽傷を負った。

 この事故から1週間たったにもかかわらず連日報道が続いている。平成30年中の交通事故による死者数は、3532人もいる(この事故は1か月しかない平成31年)。どうしてその中でこの事故ばかりがクローズアップされるのか。

 それはこの事故が余りにもよく出来過ぎているからだ。

 まず事故が起きた場所は、池袋。池袋と言えば、東京の中の東京と言ってもいいほど都心だ。青山の児童福祉施設の問題のように人は都心の出来事に関心がある。

 そして事故を起こした男性の87歳という年齢、免許返納問題の真っただ中の年齢であり、死亡事故でなくても、歩道を走ったり、高速道路を逆走するだけでも報道されやすい年齢だ。

 そんな用意されたかのような背景に加えて、なによりの当事故の特徴と言えるのが男性の経歴、親子の死という点だ。

 男性は秋の叙勲とかいうので瑞宝重光章とかいうのを受賞していた。これは僕にはなんのこっちゃ分からないのだけど、とにかくすごいものらしい。この栄光は事故の事後処理に影響を与えたのではないかと波紋を呼んでいる。

 また、親や子の死ほど悲しいものはない。遺族が公開した写真で被っていた帽子が事故現場に残されていた映像を見て何とも思わない人間はいないだろう。

 こんな悲劇としか言いようがない事故。一部の人が事件だと言いたくなるのも分かる。

上級国民

 事故起こした男性の”瑞宝重光章”から火が付き、男性が逮捕されない、twitter、facebookのアカウントや瑞宝重光章の受勲ページの削除、ストリートビューのモザイク処理、アキネーター殺害の疑い、これらは憶測を呼び、上級国民という言葉が再ブレイクした。

 こういった事故後の出来事は、ネット民の「消すと増える」のモットーを刺激する形になった。そして現在進行形で炎上している。

 大抵のネット上の憶測は、○○「やれ」○○「はい」のネットスラングのように陰謀論じみたものが多いけど、今回もまた「偉いから逮捕されない」という議論が起きている。

 正直、これは真偽は定かではないけど、陰謀論というほど的外れではないように思える。

池袋暴走事故を起こしたのが自分だったら?

 例えば、自分に置き換えてみる。事故を起こした。人だかりができ始める。救護義務を行わず、車にこもって親に「人をたくさんひいた」と電話する。すると警官がやってきて出てくるように促す。出る。アルコール呼気検査などしたりしなかったりする。直感だけど、ここで僕は逮捕されるだろう。

 なぜなら、救護義務をしていないし、そもそもニートなので、社会的地位は無、逃亡しない保証もない。だから逮捕されるだろうし、自分でもされるべきだろうと思う。そういう点では、偉いか偉くないか、社会的地位の高低差で逮捕の有無はあってもおかしくない。

 そして仮に僕が小学生の時に書いた作文が国のホームページに載っていたとして、おそらく頼んでも削除はしてくれないだろう。

 ひいきの病院もないので、病状のレベルがランクアップし、軽傷から大ケガという風にもならない。仮に病院に行ったとしても医者は、軽蔑したまなざしで僕を診断し、大げさになんて書いてはくれないだろう。

 それでも僕だったら、自分のしてしまったことが申し訳ない一心で、snsのアカウントの削除なんかしないし、死にかけてても謝罪する。そもそも真っ当な人間であれば、身内にではなく、救急に電話をかけるべきだ。
 

最後に

 テレビに出るような有名人たちは、「加害者に怒りをぶつけるのは違う」「罵詈雑言を投げかけるな」と言うけども、僕はぶつけても投げてもいいと思う。どうして僕らが完璧な人間である必要があるのだろうか、そう思う。

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