ニートと親の料理

日記

2019年5月16日 晴れ。なぜか1年ぶりくらいに7時台に起きてしまい、戸惑っている。

早起きしたせいか、急激にお腹がすいたので、昨日の晩御飯の残りを食べることにした。

 最近はよく親の料理を食べる。過去には何とも思っていなかった料理だったけど、最近は色々と思うことがある。

 まず、味だ。家庭料理の味は昔から変わらないものだとよく言われるけども、たしかに変わらない。でもこうそれなりに成長して、あれこれと考えられるようになると、少し変わったように思える。

 つまりどういうことかというと、ありがたみを思うと美味しく感じる、ということだ。子供の頃は何も考えずにむしゃむしゃと食べて、「なんだよ、またおでんかよ」みたいな不平もあった。これはだいぶ失礼な言い方だけど、家の飯が無味無臭みたいに思えて、「おでんよりもマックがいいなあ」的なことを思っていた。

 しかし、こうやって大人になると、よくドラマかなんかである久々に帰ってきた男の「やっぱりお袋の味は変わんねえなあ」というようなありがちな感謝と感覚を持つのだろう。無くなったわかる平穏のありがたみというか、一人暮らしして分かる親のありがたみというやつだ。

 僕は普通にずっと家にいたのだから、そんな戦争に出た兵士の「お袋の料理が恋しいよ」的な感覚が分かるのは、おかしいのだけど、まあ、最近そう思うのである。

 食べると言っても、家族と一緒に食べることは少ない。この食事スタイルはニートによって違うだろうけど、僕は一人で食べることが多いスタイルだ。

 だから、一人で籠って部屋で食べておきながら、「やっぱ親の料理はうめえな」と感謝しているという謎の矛盾が生じているわけで、これはちょっと怖い。もしかして気づいていないだけでイかれているのかこれ。

 話を少し変えて、僕が気づいたちょっとした細かいあるあるを二つと小技の話。

 これは細かすぎて一部の人にしか分からないと思うけど、そういう人には結構、納得してもらえると思う。ニートでない人には生活実態の参考にしてほしい。

 ドラマかなんかでよくある親が料理を持って来て、部屋の前に置くという出来事。人によると思うけど、これはあると言えばよくある。ここからが気づいたちょっとしたあるあるなんだけど
 ドアの前に置くものだから、ドアを開いたはずみに、ドアと料理が軽く衝突する。ガチャンとなって、汁物が少しこぼれたりして「あ、しまった」ってなる。ラップがかけられていると大丈夫かと思いきや、微妙な隙間からラップを伝って垂れてしまって、むしろラップをかけてないほうが垂れない、というあるある。

 このあるあるは、少し悲しいあるあるだ。せっかくの料理が台無しになる可能性があるし、第一、刑務所みたいに料理が運ばれてくるのは、まるで人間が飼われているみたいで、テンションが下がる。

 ドラマなんかでこういうシーンが使い古されているのはそのためだろう。悲劇であることを食事が配給されるシーンを入れることによって強調している。

 だからそういう監督はちょっと浅はかだしいじわるだ。ドラマ監督はこのサイトを見てニートとは何たるかを学んで新しい表現に挑戦するべきだろう。

 このあるあるに対しての小技としては、ドアの横に良い感じの台を用意することだ。電話機を置くようなやつである。そこに料理を置いてもらえば、さっきまでは床に置かれていて刑務所以下だったのに、台があると言うだけで、人間らしさが保たれる。

 ちょっとゴージャスな台にすれば、あたかも名家のお嬢様的な気分になれるだろう。やっぱり床はよくない。台を用意するだけで汁物がこぼれたりする悲劇を回避できるのでオススメだ。

 二つ目のあるあるは、その料理と電子レンジに関するものだ。僕は風呂よりも電子レンジを多用するほど、何でもかんでも温める癖があるのだけど、あまりに毎日やってきたものだから、対象を触っただけで、何分温めればいいのかわかる

 皿の状態や、素材の冷え具合、ラップの張りつめ方、これらから総合的に判断し、「うーん、これは3分20秒」「2分30にして5秒残して開けよう」と時間を決める。

 また、冷凍食品なんかは、大抵表示されている時間で温めると微妙に冷えているところがあったりして手間が増える。だからメーカーの数字を信じず、10秒くらい時間を増して温める。

 逆にカップ麺なんかは、時間通りにするとふやけ気味になっってしまうので、10秒早めたり、場合によっては1分早めることもある。噂によると熱湯を注いだらすぐに食べ始める猛者もいるらしい。極め過ぎだ。

最後に
 今回はちょっとリアリティのある、あるあるを書いてみた。やはり、ニートも一枚岩ではなく、そう簡単にひとまとめにしてはいけない。ドラマ監督はよく学ぶべきだろう。そしてゴールデンタイムにニートに関するドラマやニュースを流すのを自粛するべきだ。

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