【症状】ゲーム依存症の治し方 やめる、やめさせる方法【定義】

生活

 世界保健機関(WHO)は25日、スイス・ジュネーブで開かれている年次総会の委員会で、オンラインゲームなどにのめり込み、生活や健康に深刻な影響が出た状態を「ゲーム障害」(ゲーム依存症)と呼び、精神疾患と位置付ける「国際疾病分類」を正式決定した。国際疾病分類は病気の調査・統計に関する国際的な基準で、改訂は29年ぶりとなる。

 ゲーム依存症は、アルコールやギャンブルなどの依存症と同様に治療が必要な疾病となる。WHOの診断基準では、〈1〉ゲームの時間や頻度などをコントロールできない〈2〉家庭、学校、職場など日常生活に大きな問題が生じても、ゲームにのめり込む〈3〉こうした行動が1年以上続く――などの状態は依存症の可能性がある。

yomiDr. https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20190527-OYTET50003/

 四六時中ゲームばかりしている僕にとって、このニュースはかなりショッキングだ。

 人々がゲームにのめり込む現象は以前から世間の注目を受けていたけど、それはタピオカブームがニュースになるような、一時的な注目だった。

 しかし、今回は世界保健機関という、文字通り世界的な組織の発表であり、そこに依存症、障害と言うまでの実際的な被害や根拠があることが察せられる。

 そして各国はこの発表をもとに対策を進めていくだろうし、実際、PCゲーム文化の進んだ韓国では既に2011年、16歳未満の午前0~6時のオンラインゲームのプレイを禁止する法律が制定されている。

 今回の世界保健機関による正式な発表によって、こういった規制の動きは強まるだろう。

 しかし、一人のゲーマーとして、とてつもなく言いたい。

 本当にゲーム依存症は存在するのか、と。

 これは誰しもゲーマーなら今回の発表を知って心に浮かんだことだろう。

 たしかに世界保健機関が正式に発表した以上、なんの根拠もなかった「ゲーム脳」とはわけが違う。

 この発表に真っ向から反論するのは難しい。

 大げさな取り扱いのようにも思える一方で、薬物と同じようにやめたくてもやめられない依存に苦しんでいる人がいるのも事実だ。

 しかし、本当にゲームにのめり込むことを精神疾患だとしていいものか。
 
 今回は、本当にゲーム依存症というものが共通して存在するのか、一人のゲーマーとしての経験からゲーム依存を治す、ゲームをやめる、やめさせる方法、治療をするべきかを考える。

ゲーム障害(ゲーム依存症)の定義と症状

 ゲーム依存症 Video game addiction

 ゲーム障害 gaming disorder

 冒頭の記事でも触れているように

 1.ゲームを優先することで、日常生活に支障が起きる。

 2.ゲームの頻度や時間を自分で制御することが出来ない。

 3.1.2.の状態が12ヶ月以上続く。

 この3つが当てはまるとゲーム障害、ゲーム依存症である可能性がでてくる。

 しかし、これはどちらかというと、単なるゲーマーの定義と言ったほうが正確な気がする。

 ついつい食事よりもゲームを優先することは多々あるし、もうやめたと言って放り投げたコントローラーをすぐ握りなおすのは、もはや伝統と言ってもいい。

 つまり、日常生活に支障が出たり、プレイングの頻度や時間を制御できないなんていうことを症状と言ってしまうのは、世間、とくに家庭での誤解を招く可能性がある。

 そもそも親なんていうのは昔から世界保健機関よりも子供のゲーム時間を抑えようと闘いに明け暮れてきた。

 ゲーム機やケーブルを隠したり、他の物事に目を向けさせようとしたり、テストの点で取引したりした。

 そこには親と子の絶妙なバランスがあり、ゲームやるやらないは終わらない戦争と言ってもいい。

 そこにこの定義があやふやな世界保健機関の発表が割り込むことによって、バランスが崩れてしまう。

 親は根拠を得て、「病気」という言葉のカードを得る。

 これは子供には酷なことだ。今までは「ゲーム脳になるよ」で済んでいたことが、「病気だよ」というふうになる。
 
 子供というのは親以上に無知なもので、「病気だよ」と言われたら「病気」だと思い込む。

 実際にゲーム依存症が病気だとしても、子供に理屈は分からないし、病気が悲劇だということしか分からない。

 つまりは、定義があいまいなまま、病気である、精神疾患であるという事実だけが先行してしまい、事態を悪化させてしまう可能性があるということだ。

 障害、依存症という言葉を使うときは慎重にならなければならない。

ゲーム依存症になる理由

 そもそも人はなぜゲームにはまり込んでしまうのか。

 これはゲームをやればすぐに分かることだけど、世の中にはまったくゲームにハマらず、「ゲームの何が面白いんだ」と言うような人もいる。

 なぜゲームが面白いか、それは光って動いて音が出るからである。

 人間は人間である前に動物である。犬や猫なんかと同じように、動くものが好きだし、それが光って音が出るのならばなおさら目を奪われる。

 そもそもはこういう単純なところに理由がある。そこに、心を動かさせられるようなストーリーや気持ちがよくなるアクション性が組み込まれてしまえば、面白くないわけがない。

 そして近年は技術の進化によって、オンライン要素、つまり人と人がつながるソーシャルシステムが組み込まれるようになり、本来、現実でしか得られなかったような高度な心理までもが満たされるようになった。

 これは現実において不足しがちな社会的な欲求を代わりに満たすのに十分すぎるほどの力がある。

 これはあくまでも力がある、というだけで、ゲームが脳を破壊したり、暴力的にしたりするわけではない。

 依存のもっとも原点は、現実にある。これは別に僕がゲーマーだからゲームを擁護しているわけではない。

 高度に発達しすぎた社会では、人に認められる機会までもが、競争の場になっている。

 人からの”いいね”までもが数字として目に見える。

 彼氏や彼女をお金でレンタルできる。

 人と違えば、いじめの対象になる。

 ゲームに依存する理由は現実の不足にあるのだ。

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