人生は最初からつまらないように出来ている

人生は最初からつまらないように出来ている 分類

 娯楽にあふれている現代社会。野球、アイドル、旅行、ゲーム、アニメ、山登り、サーフィン、釣り、ヨガ、植栽、挙げだしたらキリがない。

 そんな世界を生きていても、つまらないやることない飽きたと言ってしまうことがある。

 現に僕は、昨日なんて食事以外何もしなかったし、そのくせ、どこかモヤモヤしている。

 心の奥底で楽しまなきゃと思っているからだろうか。

 しかし、人生は娯楽が全てではない。

 だから何もしなくてもいいわけだけど、そう分かっていても心がモヤモヤする。

 そこがとても不思議だ。

 今回は、その「人生と娯楽」、「人生と意味」について考えてみる。

 よくあるような「人生を楽しくするには目標(ゴール)を立てるべき」とかは言わないので、ぜひ読んでほしい。

「人生は楽しくあるべき」は少し間違っている

 まず、世間一般の常識であるこの「人生は楽しくあるべき」というのは少し間違っている。

 なぜならさっき言ったように、人生、娯楽が全てじゃないからだ。楽しくないときにだって意味はある。

 子供が産まれるときだって、妊婦の人が楽しく産むなんてこともないし、赤ん坊も楽しく産まれてはこない。

 だから間違っているというか、ズレている。

 それは楽しいのだったら楽しいでいいわけだけども、“絶対に楽しくあるべき”、”楽しまなきゃ損”、”人生を変える”なんていうのは人間の本質からズレている。

 そしてそのズレていることは、大々的には公表されない。

 特に誰も教えてはくれず、生きていく中でなんとなく察して学ぶものだ。

 しかし、それでも焦りが生まれる。楽しくないと駄目なんじゃないか、鬱なんじゃないかとか。

 それはひっそりと学んだ「人生楽しくなくてもいい」という考えに根拠がないからである。

 そこには公式なんていうものがない。だから不安になる。

つまり根拠さえあれば、そんなに不安にならなくて済む。

 だから「人生は楽しくなくてもいい」その根拠を考えてみる。

人生は最初からつまらないように出来ている

 その根拠こそこれだ。「人生は最初からつまらないように出来ている

 考えてみてほしい。そもそも人生だったり、地球なんていうのは「楽しむ」目的では造られていない。

 楽しむ目的で造られた遊園地とはまったく訳が違う。

 たまたま、地球が出来た。偶然人間が生まれた。ただそれだけだ。

 つまらなくて当たり前なのである。

 僕らは当たり前の上に生きているわけだ。

 つまらない、つまらないと言葉を繰り返すのは、地球は丸い、地球は青いと言っているのと何も変わらない。
 
 だから保証のつけようがない、どうにもならないことなのである。

 そこに「疲れているから、退屈しているから飽きたと感じる」とか、「目標(ゴール)を立てれば楽しくなる」と言う人がいる。

 僕らはつまらないという当たり前のことに困っているわけで、そこに当たり前のことを重ねてもそれこそつまらない。

 ただ、彼らの言っていることは間違ってはないけども。目標を立てればやる気が出る、達成したら嬉しい。

 しかし、だからといって今年はサーフィンしよう、とか、サーファーの女の子と仲良しになろうという気にはならない。そんなことが出来たら世の中に苦労という言葉はない。

 無理に前向きになっても、つまらなさを助長するだけだ。

 人生は元からつまらない。これは臆病な考えかもしれない。

 人生は自分のもので、努力で輝く。そういう人にとっては本当に臆病だろう。 人によっては間違いだと感じるかもしれない。

 しかし、そういう人はたまたま足元にあるこの地球を誰かが用意した楽しいものだと勘違いしているのではないだろうか。

 どうやって生きていくにしても、大前提を忘れるべきではないだろう。

何もかも分かっているから無気力

 ある程度、つまらなさに慣れた人は、目標を立てればいい、とか、人生を変える方法とか、そんなものには飽き飽きしている。

 僕もそうである。そういうことを聞いても”当たり前のことを言っているだけじゃん“と斜に構えてしまう。

 そうやって斜に構えていると、「やってみなければ分からないでしょ」と言われる。何事もやってみないと分からない、たしかにその通りだ。

 しかし、それを分かった上で、何事もやってみないのである。

 自分が何もかも分かったような気になっている、それも分かっている。

 世の中には自分の知らないこともある、それも分かっている。

 それで勝手にネガティブな気持ちになっているのだから本当に救いようがないだろう。

 他人によって救いようがないのであれば、自分で自分を救わなければならない、でも救い方も分からないし、そもそも救う必要なんてあるのか。

 ここまでくると、鬱とは言わずとも憂鬱の世界である。ポジティブな人はこんなことは一度も考えずに一生を終えるだろう。

 こういった救う、救わないとまでくると、一歩間違えればの危険がそこら中にある。正直、人一人で扱えるようなテーマではない気もする。

 こういった無気力で憂鬱スレスレの状態のときは、とにかく謙遜するのが重要だと思う。

 自分の知らないことは世の中にたくさんある、自分は分かった気になっている、という風に。

 神のみぞ知る、の精神だ。憂鬱の世界で心を壊してしまうのは、自分の精神が世界の全てだと思い込んでしまうから起こるのである。

地球は人間用じゃない

 とにかく地球に対しておごり高ぶらない。

 地球というのは人生の土台であるけども、別にアトラクションではない。

 人間用ではないのだ。

 人間用の惑星ができるまでは、”人生は楽しむべき”なんて言ってはならない。別に言っても良いけど、大声で言わない。

 あくまでも、つまらない人生に、ベタベタと娯楽を塗っているだけ。

 20代、30代、ポジティブ、ネガティブとかはどうでもよくて、人間はとにかく地球に謙遜して謙虚に人生を生きていくべきだ。

 僕(ニート)はそう思う。

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