うつ病になったニートは部屋にテントを張った

うつ病とニートとテント 生活

 どうも、フレミングニートです。

 ブログを始めてから半年が経ち、たくさんの人に読んでもらえるようになったことがとても嬉しい。とてもありがとう。

 半年の間に僕自身には大きな変化があった。

 外出こそあまりしないけども、生活にリズムができた。週に何回かシャワーを浴びるし、窓から多少の日光も浴びるようになった。

 だれかと朝食にパンケーキを食べに出かけるなんてことは一生できる気がしないけど、家の台所でこっそり焼くくらいなら全然できる。

 つまり、僕は元気になった。 

 何年か前のひどく落ち込んでいた時期に比べると、まるで別人のように。

 今回は、ブログを始める前のそのひどく落ち込んでいた時期の話をしたい。

 それがうつ病だったのかは正直確信は持てない。

 なので、これから色々と書くけども、それをうつ病の話とするかどうかはおまかせしたいと思う。

引きこもりは部屋にテントを張った

 今の僕はカジュアルな引きこもりだけど、当時の僕はフォーマルな引きこもりだった。

 考え方が一方的で、必要以上に自虐的だった。

 絶対に部屋を出ないぞという決意が固かったのを覚えている。

 そして、この世の終わりみたいにやる気がなく、実際この世が終わればいいと思っていた。

 布団の上に横になれば、その自分の暗さが病的なのかと頭をよぎる。

 疲労感、虚無感、焦燥感、不眠、暴飲暴食、体重の変化。

 これはネットで得られるいくつかの鬱の症状だ。

 しかし、僕はこういったことは当たりさわりのない占いと同じだと考えていた。占い師と一緒で大抵の人に当てはまることを言っているだけだと。

 だから何もしないことを続けた。すると、徐々に不調になっていった。

 不調になった僕は、部屋の隅に紐で毛布を吊るしてテントのようなものをつくった。

 とにかく閉ざされた場所にいたかったからだ。

 日々の生活と将来への不安、誰かの汚い感情、降りかかってくるそういうものからテントが身を守ってくれるような気がした。

 その中にいれば、すごく落ち着いたし、体が良くなるような気がした。

 あるいは昔に戻りたかったのかもしれない。毛布やクッションで自分の基地をつくった無邪気な頃に。

 しかし、当然たった一人で楽しくはない。

 テントの中には自分のほかに誰もいないし、これは大げさだけども誰もいないと自分すらいないように思えた。

 ただ時が過ぎるという言葉があるけど、まさにそんな感じだった。

 そうやって自分を無にしようとすると、残るのは大抵負の感情だ。

 不安や悲しみ、嫉妬や恐怖。こういったものだけは、そう簡単に消すことはできない。

 例えば「自分が逃げている」という感覚があったとする。

 よく考えると、この「逃げている」というのは、付け足しの余計な言葉だ。

 実際に起きていることを正確に表すのなら、客観的には「移動している」「遠くにいる」

 主観的には、目は前についているわけだから「前に進んでいる

 つまり、「逃げている」なんていうのは、相手からそう見えるだろうという想像にすぎないのだ、

 という風に前向きに考えたとする。

 そう考えたとしても、どうだろう。結局はどこかデタラメだと思っていて、どこか「負い目」を感じ続けることになる。

 想像にすぎないと分かっても、どこか信じてしまう。

 誰かから見下されているとか、嫌われているとか思うのも同じだ。

 負の感情だけはどう頑張っても無くせない。

 自殺する人は視野が狭いと言うけども、それは負の感情を消すことに集中しているからなのだろうと思う。

 普通の人は悲しみや苦しみをごまかして生きている。それは賢いのではなく、そうする他ないからだ。

 本当だったら、誰かの死や自分の不幸を忘れたくはない。自分を本当の善人だと思いたい。

 しかし、結局ごまかして生きるしかない。

 人生に一度くらいはごまかさずに向きあうべきなのだと思っていたけど、それは違った。

 本当に向き合うということを誰も知らない。

 プロフェッショナルみたいな顔をしている人は向き合った気になっているだけ。

 僕自身、テントを部屋に張ったのは身を守るため、生きるためのごまかしに違いなかった。

 向き合った気になろうとしていただけだった。

 そう気づくと、部屋の中にテントを張るのは大げさに思えた。

 テントやそれを吊るす紐なんかを片付ける気力はまだなかったけど、そこに入る機会は段々と減っていった。
 

フレミングニート、病院へ行く

 テント生活をやめた僕は、起き上がるはずみで手首の骨が折れた。

 どうでもいい話、折れたのは左の手首の骨だ。

痛かった

 そしてちょうど同じタイミングで、テント生活中に意味の分からない言葉を書きなぐっていた紙が、親に見つかってしまい、少し話し合い、いくつかの病院のURLをもらった。

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