ひきこもりニートだけど、2日連続で外に出た

ニートと夏 日記

 2019年8月8日 快晴。気温32℃。

 どこまでも続くコンクリートの上を歩く。

 昨日、歩いたのと同じ道だ。寝て起きた僕は全く同じ道を歩いている。

 どうしてそんなことをしているのか。そもそもどうして外に出ているのか。

 そんなことが自分でも分からなくなるほどの暑さで、体中から汗がふき出す。

 熱中症にならないように、日陰を歩く。日陰を歩くのは好きだ。

 見上げれば、電灯ではなく太陽があり、本当に外に出ているんだなという実感がわく。

 夏になったら外に出ることは何か月か前から決まっていた。それは夏が好きだからだし、夏なんて当分の間来ないものだと思っていたからだ。

 しかし、夏は来た。そして昨日を選んだのは偶然で、たまたま近所の人たちが出かけていて外に出やすかったということや、8月7日が二重の七夕であったこともある。

 とにかく僕は外に出た。これは簡単だったし簡単ではなかった。

 家を出てすぐ、お腹が痛くなり、一度家のトイレに戻ったし、自動販売機で買ったサイダーを調子に乗って一気飲みしてお腹を冷やし、公園のトイレにかけ込んだ。

 それでも人間というのは食べた以上のものは出ない。暑さにもだえているうちに腹痛は段々とおさまっていった。

 ふと道を見ると、この暑さのせいか、あんまり人は路上におらず、人の目を気にしようにも気にすることが出来ないことに気が付いた。涼しい家の中にいるのだろう。

 案外、お昼真っただ中の方が、夜中よりも堂々と歩けるかもしれない。

 僕が歩く道に限っては、ひきこもりが外に出ていて、ひきこもりでない人がひきこもるという逆転が起きているわけだ。

 そんなことを考えながらひたすら歩く。

 前方にも後方にも、青い空と白い雲。

 近所を歩いていると、昔の知り合いに会わないかと昨日は心配したけど、今日は違う。

 なぜなら、知らぬ間に町は変わっていたからだ。ビデオ屋は駐車場になり、そば屋がパン屋に。昔遊びに行っていた友達の家は更地に。

 どこかでは解体され、どこかでは建設されている。人が出ていって、人が入ってきているということだ。

 とうに知り合いなんかはこの町からいなくなっているのかもしれない。

 だからそんなに気にならなくなった。今近所に住む人だっていつかはいなくなるし、これは非常に可能性が低いけど、僕自身がどこかへいくかもしれない。

 こうして改めて昨日の道を歩いてみると、昨日感じたことに整理がついて、そういった人と町の変化は悪くないものなんだという気がする。

 何かが変わることを誰も教えてはくれないし、そもそも僕の存在を気にしてすらいない。

 季節と同じように世の中は回りに回る。僕が何をしても、何をしなくても。

 だから昨日と今日外に出たことを「ひきこもりの脱出」ではなく「ひきこもりの外出」と呼ぶことにした。


前回の日記「カップ焼きそばの賞味期限が七夕だった

 次回の日記「」

タイトルとURLをコピーしました