ゲーム漬けの日々

ゲームを夜通しでするニート 日記
ゲームを夜通しでするニート
 2019年4月12日 金曜日。今日もコントローラーを握る。外に出ないので天気が晴れだろうと雨だろうと関係ないように思えるけど、実はそうでもない。雨が降っているとなぜか快適なプレイングができるし、晴れの日は昔のゲームをやりたくなる。室温が低いとfpsの操作に支障がでるし、高いとゲーム機のファンが鳴り響き、フリーズしてしまったりする。そのために、カイロで手を温めたり、ゲーム機の下の左右に本を置いて熱が逃げやすいようにしたり、工夫を凝らす。でも、凝り過ぎもよくない。過去にゲーム機の周りに冷却剤を置いてしまい、ゲーム機が結露で壊れてしまったという苦い経験がある。

 最近、密かに恐ろしく思っているのが、「大人になったらゲームがつまらなくなる現象」だ。子供の頃は誰しも「一生ゲームできるぜ!」と豪語していたものだけど、結局、ふと「何してんだ、俺」と我に返る瞬間を迎える。これは避けられないものだし、「俺は全然一生できるけどね」という人もいるけど、実はそういう人に限って、この「大人になったらゲームがつまらなくなる現象」の恐ろしさを知っている。そういう人たちは縛りプレイであえて難易度を上げたり、スピードランをしたり、地図を手書きしてみたり、ひたすらトロフィーをコンプしたりして、工夫を凝らして自分なりの楽しさを模索することによって現象に抗っているのだ。もはや、ゲームのボスと闘うというよりは、「大人になったらゲームがつまらなくなる現象」と闘っているのだろう。
 僕はそういう人々を尊敬していて、自分もそうありたいと思うけども、さっき言ったように工夫が下手くそで、空回りしてしまい、ゲーム機が壊れていしまうので、中々真似できない。

 最近は、ネットの発達によって、新作のゲームを実況動画で見るだけで済ませたりする人やプロの大会を見るだけで実際にプレイすることのなかったりする人も増えた。色んなゲームの楽しみ方が増えたということで、良いことなのかもしれないけど、やっぱりどこか寂しく思う。
 ふと自分の指を見ると、長年あったはずのタコが消えていた。僕は64のコントローラーをつまんで持つタイプで、スティックをぐりぐりしているうちに出来たものだった。それは僕にとってゲーマーの証みたいなものだったし、子供時代の思い出を思い出させてくれるものだったので、これも寂しく思う。
 こういうなぜか寂しく感じたときは、まだどこかに攻略本片手に一人で黙々とゲームを楽しんでいる人がいるんだろうなあと思うようにしている。そうやってぼやっとしたその人の姿を想像すると、なんとなくほっとするのである。

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