犬に悪いやつはいないけど犬好きに悪いやつは普通にいる

社会

 犬好きに悪い人はいない。これはたまに耳にする言葉だ。犬を好きな人間は人にも優しく、良い人だという趣旨なわけだけど、これは普通に間違っている。

 確かに、犬には悪いやつはいない。正義感にあふれているし、かわいい。ちょっとしたいたずら心はあっても、悪気のあるやつはいないだろう。

 ただ、そんな犬を好きだからと言って、その人が良い人かどうかは別の話だ。

 まず、僕は犬が好きだけど、普通に悪い人間だ。他人の欠点ばかり探しているし、悪口ばかり言う。この時点で、この”犬好きに悪い人はいない”という言葉の中に含まれる”1人もいない”という意味合いは事実に反している。

 こうなると、正しくこの言葉を使うには“犬好きに悪い人はそんなにいない”という風になる。これならば、多少僕のようなイレギュラーな存在がいようとも間違ったことを言っていることにはならない。

 しかし、この訂正でさえ本当かどうか怪しい。”そんなに”とはどれほどのことを指すのか。

 第一、”そんなに悪い人がいない”のであれば、こうも道端にたくさんのうんこが取っ散らかっているのはおかしい。犬の一日の排泄量は限られているので、一人の飼い主が町中に飼い犬のうんこをまき散らして回るのは不可能だ。つまり、小さな町にも複数人の”犬好きの悪いやつ”が存在していることになる。

 そして、”犬好きの悪いやつ”は町の住人だけに限ったことではない。まずテレビを見てほしい。特にお昼の情報番組、もっと特に言えば、バイキ〇グだ。
 
 犬好きを公言するする芸能人は数多いけど、彼らは本当に犬にも優しく人にも優しいのだろうか?

 まず、イメージ商売である芸能人にとってこの”犬好きに悪い人はいない”という世間に共通するあるあるは、利用しない手はないほど単純に好印象を得る手段となりうる。

 そうなると、犬好きという大前提ですら怪しくなってくる。近年は印象操作を目的として、芸能人たちが、アニメやゲームなどのサブカルチャーを知ったかぶりしたり見ず知らずの他人の猫を自分の猫と偽ったりするなど、ファッション愛好家と化し、行き過ぎた行為をする出来事が増えている。本当にそのコンテンツが好きな人からしたらこれほど”悪い人”はいない。

 とある大物司会者芸能人のブログを見てみる。広告欄には、彼の仕事論を書いた著書、美味しそうなローストビーフなどに並んで愛犬の写真集、日めくりカレンダーがしっかりと宣伝されている。彼の愛犬好きはしっかりとビジネスにつながっているらしい。

 そして、肝心のブログの内容。テレビの出演のスケジュールなども載っているけど、多くは自宅での愛犬とのひとときを愛犬との写真とともにつづっている。大型犬から小型犬、ゴールデンレトリバーやパグ、チワワなど代わる代わる登場する。なんだ、かわいいじゃないか…

 どうやら、動物好きなのは本当らしい。人形劇チックな内容だけど。普段むすっとしている人間だけに、そのギャップに愛情があるように思える。コアなファンはそういうのが好きなのだろう。

 しかし、僕は彼の普段の誰かを閉じ込めたり、おとしいれるようなやり方があまり好きではなく、傲慢な人間が弱い者いじめしているように思う(だから僕は南原さんのヒルナンデスを観る)

 たしかに、あんなthe嫌な上司みたいな人があんな可愛い犬たちに囲われていたら、あれ意外といい人なんじゃないか、と思ってしまいそうだ。でも、犬好きが本当で、ビジネスではないにしても、そのギャップによって好感度が増すことは理解しているだろうし、利用しているのは事実だろう。

 僕は、公園とかで犬と人がなんのしがらみのなしに対等な動物として遊んでいる光景が好きで、犬が人と人との社交の道具にされているのは好きじゃない。これは”動物はあなたのごはんじゃない”というような究極のエゴ発言に聞こえるかもしれないけど、とにかくそう思うのである。

 だから、”犬好きに悪い人はいない”を悪用している人はめちゃくちゃ悪い人だと思うし、そうなると、“犬好きに悪い人はいない”は結構な間違いなんじゃないだろうか。

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