部屋の掃除は心に余裕と自信があればしなくてもいい

無香空間とキャップ 日記

 2019年9月16日 晴れ。 室温29℃。

 めっちゃ怖い夢を見て大量の汗をかいたので、布団を干すことにした(もらしたわけじゃない)。

 布団をかついで歩きだしたら、床にできていた謎の小さな水たまりを踏んでしまった。

 なぜ部屋に水たまりができているんだと僕は不思議に思い、もしかしてここまで汗が……と疑った。

 しかし、そこら中にペットボトルが転がっていたので、すぐに謎は解けた。 

 おそらく、その水たまりはペットボトルの中身が漏れて出来たのだろう。

 幸いにもその水たまりはお茶で出来ていて、「むしろ、緑茶の殺菌作用で床がきれいになるんじゃないか」などと僕は考えた。

 しかし、一歩、また一歩と歩くと、次第にあることが分かった。

 一見すると、物があふれて汚いように見えるこの部屋は、実は物の下は所々ビショビショになっていて、見た目以上に汚い部屋であるということだ。

 僕はどちらかと言えば、きれい好きなタイプであり、今もこうして布団を干そうとしていたところだ。

 なのになぜこんなにも部屋が汚くなってしまったのか。

 もう一度言うけども、僕はどちらかといえばきれい好きだ。

 1週間に1回掃除をキッチリやったり、あえて毎日5分だけやったりするようなこともあった。

 しかし、結局、誰かにゴミを運び込まれたみたいに、急に部屋が汚くなる。

 もちろん、誰かが知らぬ間に汚しているなんてことはなく、物を増やしているのは自分自身だ。

 最後に掃除した日を思い出そうとするも、思い浮かぶのは、床に物をポイーする自分の姿。

 どうせ自分の部屋なのだから自分が片付けるのに、なぜポイ捨てしまうのか。

 これは少し分かる。自分の部屋で自分が片付けるからこそポイ捨てするのだろう。

 別の誰かの部屋で、誰かが片付けることになるのならポイ捨てはしない。

 片付けるのが未来の自分だと分かっているからこそ、安心して床にポイする。

 いわば、未来へのバトンタッチであり、未来に生きる前向きな行為だ。ただの後回しとも言える。

 さすがに、汚すぎるので、布団を干している間、掃除をすることにした。

 ペットボトルは、中身を流し、ラベルをはがす。キャップを別に分けて、ボトルはつぶしてコンパクトにする。

お茶は伊右衛門派

 表面をおおうペットボトルがなくなると、半年くらい前に読んでポイした漫画がむき出しになった。

 掃除中に出てきた漫画をついつい読んでしまうのは、掃除あるあるだけど、今日はそんな元気がない。巻数の順番をそろえる元気もなく、適当に本棚に突っ込む。

 部屋の隅に置いておいた無香空間は、その中身がとっくに干上がってしまい、消臭ビーズは虫の卵みたいになっていた。

虫の卵みたい

 干上がったビーズをすくって捨て、買っておいてあった詰め替え用を投入する。

 トゥルントゥルンのビーズがなだれ込んでいく様子や手に伝わる感覚がちょっとパチンコっぽくて地味に楽しい作業だった。

トゥルントゥルン

 その際に、手にベタっと汁がついてしまったのだけど、さすが無香空間の汁だけあって、かいでも全く匂わない。完全に無の匂い。すごい。

 そして肝心の消臭効果だけども、それは正直よく分からない。

 よく言われるように、人間、自分の匂いは分からないもので、自分しか存在しないこの部屋では全く鼻がきかない。これでは消臭剤が効いているのかはわからない。

 それなら、消臭剤なんていらないんじゃないかという話で、それはその通りだ。

 しかし、「香りでごまかさない」というキャッチフレーズをかかげているのが好きで、なんか買ってしまう。

 人って結構すぐごまかしてしまうもので、そんな世では珍しい商品だと思う。

 この商品は消臭効果だけではなく、「正直も大事」という教訓を得られる効果もあるのだ。

 単純作業をしていると、頭がさえてきて、作業とは別のことを考えられる。

 例えば、きれい好きであるはずの僕の部屋が汚くなってしまう原理はこうだ。

タイプ見栄っ張りタイプ潔癖タイプ完璧主義者タイプ
動機 人に汚いと思われたくない病気になりたくない無秩序が嫌い
掃除頻度不定期(来客前)定期常時
備考クローゼットに物を突っ込む除菌シートを持ち歩いているラベルライターにラベルを貼っている

 まず、きれい好きは3つのタイプに分かれる。もちろんキッチリ分かれるのではなく、人によっては混合するだろう。

 そしてこの3つのタイプで、常に人目ばかり気にしている僕は、見栄っ張りタイプに当てはまる。

 見栄っ張りタイプは、人に対して自分が良く見えるようにために掃除をする。

 問題なのは、その掃除の動機だ。見栄っ張りタイプは人目がなければ、掃除する気にならない。

 例えば、当然、僕の部屋には来客などあるはずもなく、そのため、見栄を張る必要もない。

 部屋はどんどん汚れていく。そうすると心も汚れていく。

 いつだか自分でもコントロールできなくなったら、いっそのこと開き直ってしまうことだろう。

 今回はたまたま水たまりを踏んで、掃除をすることにしたけども、段々と体が慣れていったら、次回同じ状況がきても掃除を始めないかもしれない。

 つまり、汚さへの耐性ができ始めて、このくらいの汚さなら……の”このくらい”の範囲がどんどん広がっていって、いつか枕元に虫の卵が落ちていても平気になるかもしれない。

 そういうのって掃除したらいいのにって言われても、「いやいやいや……」となる。「積んできた経験が違う」みたいな。

 そんなときに大事なのは、いつでも掃除できるという心の余裕、やればできるという自信なんじゃないかなと思う。

 追記:個人的に、掃除に合うと思う音楽はコテコテのアニソンや有名なクラシック。

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